7130  まだ気づかぬ間違った英語学習方法 王老五 07.10.07

 本来こんな話題は念頭になかった。念頭にあるのは、政治・外交・社会のことで満載されている。
 「まぐまぐ」なる、配信頁にいつの頃から筆者は加入してしまった。無料だからまあいい。毎回の
配信品はすべて目を通せぬ。ただ在庫に積んでおくだけに終わる。在庫といっても、こうした電子
情報は物理的にさほど面積をとらぬ、だから、そのまま放置になることになる。いかんことだが。

 その「まぐまぐ」の頁に、近時「英語まぐまぐ」というのが登場した。
 そう、その前に申したいことがある。その「まぐまぐ」の配信時、冒頭の題名に相当する箇所に
宣伝広告の見出しが顔を出す。その話題は大きく三つに絞られる。「結婚」「痩せる」「英会話」。
実にくだらん。この三種の神器が今の日本の若い世代の最大の関心事なのだろう。
 さすれば、本論はその三つのうちのひとつに拘ることになる。

 そう、「英会話」といふ。他の多くの媒体、宣伝物にはそう表現してある。
 そうか。日本人が出来ないのは「英会話」なのか? それじゃ、問う、「日本人よ、あんたがた、
英会話が苦手だと気にする。ならば、英語のその他の点は自信があるのかい? 読解力、発表力?
満足に英語で論文を書けるのかい? 英語で仕事上意見を述べることが出来るのかい?」

 もちろん、答えは「否」である。
 「会話」はおろか、そうした発信はまるでだめなのだ。聞き取りもだめ。そんな連中がなぜ、
「英会話」「英会話」と騒ぐのかね。
 
 よくこういう例に出くわす。
 日本からいらした客人に請われて当地の言葉の挨拶程度を教える。それで鬼の首をとったやうな
気分になった彼は、食事などで訪れる飯屋でそれを使ってみる。どうにか通じる。そうすると、
女給は地場語で次から次へと質問を畳み掛けてくる。そうなると彼はもうお手上げ。私に助けを求め
る。

 他人事と嗤う勿れ。英語の場合も然り。
 俗に「会話」と指すと、中身が薄い挨拶程度に毛が生えたような内容のことを示していると受け
とめてよいだろう。
 仮に、発音よろしくそれが、うまく英語の母語話者かそうでなくとも英語が達者な人の前で口が
それらしく動いたとして、だ。さすれば相手はそこから会話を楽しく展開させようと、自分の思い、
あるいは相手に対する質問をどんどん進めてくるだろう。さすれば、大概の日本人は立ち往生となる
ことまず間違いない。

 一週間ほど前だったか、その配信された「英語まぐまぐ」には、
みなさん、できますか。次の日本語を英語に? 例えば、あなたの会社に見知らぬ訪問者があった
と仮定する、その時、あなたはその訪問者にこうして尋ねます。
   『どんなご用件でしょうか。』  
 筆者は、その回答欄に、How may I help you ?
と遊びがてらにかく打ち込み、送った。What can I do for you ? でもいいのだ。こうした表現で
十分なのだ。
 一週間後、その「英語まぐまぐ」から優秀解答の発表があった。それには二つあったが、いずれも
なんだか、入試を思わせるものであった。筆者が記憶にあるひとつは、
    What is the purpose of your call ?

 というのであった。筆者が回答したのはいずれも優秀の部類に入っていなかった。
 筆者は通算で当地16年を超える。香港と拘って20年以上。販売先は欧州。住まいで観るテレビは
地場の英語局のみがずっと続いている。だから、日本の最新事情に疎いのは仕方ない。
 「どんなご用件でしょうか。」ぐらいの質問は、What's up? これはくだけた表現だ。アメリカの
映画などにしょっちゅう登場する。May I help you? これが最も一般的だ。そしていささか丁寧に
なれば、How may I help you ? How can I help you? What can I do for you ? などなどだ。

 その「英語まぐまぐ」の優秀解答は、裁判の場で行われる、精密な質問が必要な環境にのみ、使わ
れる。善意の訪問者が扉をたたき、応対に出た人が What is the purpose of your call ? と
質問を受けたら、その訪問者の方が警戒してしまう。
 「おっ。俺は訪問先を間違えたかな。ここは、弁護士事務所か、検察局か?」
と思ってしまう。

 質問の出し方がずれているのである。
 会話のうちのたったひとつの文を問うたところで何の意味がある。
 筆者は外国語を使ってきて、一番汗を掻くのは、筆者が苦情を訴える時か、怒りを爆発させ、
怒鳴りまくる時である。ことに後者。もぞもぞ言葉を考えていては、怒りが白けてしまう。

 だから、こうした設問は、何かの場面を想定し、そこで回答者である<あなた>がそこで怒りを
訴え、文句を展開する、といった内容にすべきだ。

 それに堪える英語は、やはり語彙数がまず必要。それが不足していればまずだめ。そして英語の
表現方式をどれだけ知っているか、それをいかに有効に使えるか、五文型ありましたな。それだ。
出来れば、Idiom という奴を駆使してもらいたい。これが使えないと英語らしい英語にならぬ。
 そして、論理の展開だ。それには日頃母語で論理が展開できていないと、これは出来ない技だ。
 日本語で電話などでも、おのれの話す内容をきちんと一発で相手に理解させることの出来ない者に
どうやって英語の上達が見込まれようか。あり得るはずがない。

 だから、日本における一般の「英語熱」はただの空振りに過ぎない。無駄な努力だね。  ■





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