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| 7071 | まだ香港には表現活動に自由が残されている | 王老五 | 07.05.06 | ||||
| 返還になってもう十年になる。 政治的方面では当然起伏が続いたこの十年であった。それは当然のことだ。ことに住民参加の政治 表現ではデモと形で節目がいくつかあった。当地のデモは極めて行儀がいい。それを汚したのは、一、 二年前だったか、当地で国際会議があった際、南韓の百姓共が当地で大暴れをした。筆者が知る限り、 この二十年における、当地のデモ歴史に汚点を残すものとなった。日本じゃ、デモすら挙行しようと する気概が失せで久しい。デモという用語が死語化せりとみゆ。「経済がまあまあであれば、猿に支配 されてもニコニコ。」を地で行く。お猿様が嗤うね。 筆者は事務所が尖沙咀、そして住まいが新界。だから香港島に訪れる機会はこの数年めっきり減って しまった。昨日の土曜、所用ありて、銅羅湾に立寄った。土曜の午後、東京でいえば、新宿、渋谷み たいな地域である。否、その両地域から卑猥な要素をいくぶん取り除き、その抜けた部分に新橋風の 風味を加味したものが、当地の銅羅湾の雰囲気を形容するのに相応しいと思う。だから、筆者は、 卑猥部分の「新宿、渋谷」の要素が濃い尖沙咀より、この銅羅湾の方を好む。十数年前はこの辺りに よく出没した。 その銅羅湾の、あたかも銀座四丁目に相当する位置が、そごう店前であろう。筆者は東京の地理に 明るくないため、この形容は不十分かも知れぬ。大阪でいうたら、御堂筋沿いの北か、ミナミだろう か? でも、この比喩もしっくり来ない。ああ、難しい。 ここらで東京、大阪との比較は勘弁して貰おう。 とにかく、当地随一の繁華街、銅羅湾そごう店前を通り、驚いた。 とにかくご覧じれ。 さあ、一目瞭然だ。 「法輪功」が堂々と活動を展開していたのであった。土曜の昼下がり。こそこそではない。しかも 人目のつかぬ場所ではない。香港で随一、商業面における繁華街でこうして活動しているのであった。 一番上の写真。そう、白衣を着て、法輪功の会員がかつてこうやって北京当局に弾圧を受け、捉えられた 会員は、生きたまま内蔵を摘出された、という事例を再現してみせているのであった。 筆者は、その白衣の人達に「撮影は構わないか?」を目配せで尋ねたところ、ゆっくり首を縦に振っ てくれた。 日本の言論機関は北京中央政府に気兼ねし、満足にこの法輪功に拘る事件・出来事を報道していない 。とにかく、「北京第一」が日本の言論機関の姿勢であり、自国民に事実を伝えようとする選択肢は、 遙か下位に押しやっている。これが日本における実態だ。そしてそれがまた日本国外務省の意向にも適 うのでさらにその風潮に拍車をかけている。よって、無知かつ日本語しか理解できない大多数の日本国 民は、虚偽の事実で覆面させられているのである。 いいですかい? 「法輪功」の活動を北京中央政府は江政権の時、法律で弾圧することにした。だか ら、この活動を大陸のどこかで発見すれば、かたっぱしから摘発、逮捕に踏み切っている。捕まった会 員は、その後の足取りはぷっつり消えてしまう。生死さえ判明しない、という。文革時、紅衛兵の目に 止まった当時のブルジョア階層の運命と似たようなものなのだろう。 が、今現在、香港ではこのように大々的に活動が許されているのである。嘘も自由に操ることが可能 な活字でない、事実の香港政治事情が目の前に繰り広げられていることを注視せねばなるまい。 しかし、不思議なことだ。本来ならば、北京から圧力が当地特別行政区にかかり、鶴の一声、あっさりと これはどういうことなのか。こんな事実を当地に徘徊せる北京差し向けの間諜らは知らぬはずはない。その 間諜らは返還前から香港に潜入していたのをご存知か。 かてて加えて、先ごろ再選された曾特首は、選挙前早々と北京からお墨付けを貰った人物だ。つまり、北京 好みの人物なのだ。いやどう考えても辻褄が合わぬ。なぜ辻褄が合わぬかといえば、それは新聞テレビ報道に 現れてくる消息だけしか知らないからである。本当の姿はそうした報道には現れぬ。これはどこの国でも 然り。日本もその例に洩れぬ。 ■ | |||||||
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