7047  非情なる世界の情報取得前線 王老五 07.03.23

 いきなり知らぬ人から電話が入り、「かくかくしかじかの話を持っている。どうだ、聞くか。」と
問合わせが舞い込んで来、受け手は当然のごとくその相手に素性を尋ねる。つまり、まず名前を尋ね
る。これはごく一般の作法だ。どこもおかしくはない。ことに日本の標準に準拠すれば、・・・
 が、その電話相手は素性を明かすことを断る。
 そうすると、受け手はどう対応する? 「ふん、いたずら電話か。」とその通話を絶ってしまうのが
通常だろう。ことに日本の標準に準拠すれば・・・・。
 ちょっとましな受け手は、通話を切る前に、さらに「名前を教えてもらわないと、当方は受付けにく
い」と粘る。これはいささか日本式の標準からすれば、少ない例だろう。

 相手は、「じゃ、いいや。俺は別なところに当たる。」と受け手を蹴ろうとする。
 日本式標準では、“仕方ないか、やっぱりガセネタか悪戯電話だ。もう深追いしても無駄だ。”と
心のうちで納得した受け手は、相手のなすがままに、そこでその通話は途絶える。

 “日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識”と云い得て妙なる文句を考案したのが、
あの竹村健一氏だったか。

 筆者は、今通勤途上の地下鉄で楽しみにしている読書は、Dan Brown 著、「ANGELS & DEMONS」。
 そう、あの THE DA VINCI CODE の作者の著作のひとつである。「ダビンチの暗号」と邦題を
定めれば、日本人誰にもわかりやすいのに、「ダビンチ・コード」と安易にカタカナ表記をしている
のが、日本の翻訳出版元である。それでは問う、なぜ日本人が好きな「ザ」を脱落させたのか?
 これは「ザ」が生きてはじめて全体の題名が英語としての意味を持つ。
 だから、「ダビンチ・コード」は英語でもなんでもない。ただの偽物に過ぎない。されば、本来の
日本語たる「ダビンチの暗号」になぜしなかったか? 「ダビンチ」は固有名詞だから、これ以上、
日本語の一般名詞に置き換えるわけにはいかない。
 原語の英語、The Da Vinci Code。これは「The」の定冠詞があるから、はじめて“そこいらに
ころがっている暗号のことではない。あのレオナルド・ダビンチが考案した暗号のことだよ。”と
しっかり意思表示をしているのだ、たった「The」のひとつ単語だけで。。。
 
 日本人の英語能力がお粗末なのは、日本人誰しも自覚していることだろう。
 アジアだけでも、尻から第三位までをモンゴル、タイ国と競っている。欧州その他とは比較の俎上に
も乗らぬ。香港、シンガポールの水準ははるかかなた。見えないだろう。

 が、日本人誰しもが英語の必要性を理解している。
 されば、カタカナ語に置き換える場合でも、できるだけ原語の英語らしい置き換えをした方が、
英語能力向上に寄与する、ということぐらいピンと来ないのかな? おい、日本人よ。
 その翻訳出版元は、一般の人以上にそうしたことには知悉していて当然のはずだ。が、現実には、
このていたらくだ。
 安倍よ。安易にカタカナ語を使うな。それなら、ちゃんとした英語で演説をしてみろ。中途半端は
一番いかん。筆者のように仕事における道具としての英語は、米の飯みたいな存在だ。英語を使う時は
まさしく英語。そして、母国語に戻る時は、どこからみても日本語にするのが、正しいあり方である
べし。
 多少それを強調すべく、「バックグラウンドミュージック」を「背景音楽」と無理矢理に。変な
五目飯に警告を与えんがためである。
 五目飯は安物の料理だ。最近の日本人は安物になったなあ。

 また脱線した。
 さて、Dan Brown氏の著書に戻る。

 ちょっと引用してみる。170頁。

 "BBC," she said, stubbing out her Dunhill cigarette.
 The voice on the line was raspy, with a Mid-East accent.
 "I have a breaking story your network might be interested in."
 The editor took out a pen and a standard Lead Sheet.
 "Regarding?"
 "The papal election."
 She frowned wearily. The BBC had run a preliminary story yesterday to mediocore
response. The public, it seemed, had little interest in Vatican City.
 "What's the angle?"
 "Do you have a TV reporter in Rome covering the election?"
 "I believe so."
 "I need to speak to him directly."
 "I'm sorry, but I cannot give you that number without some idea --"
 "There is a threat to the conclave. This is all I can tell you."
 The editor took notes. "Your name?"
 "My name is immaterial."
 The editor was not surprised. "And you have proof of this claim?"
 "I do."
 "I would be happy to take the information, but it is not our policy to give out our
reporters' numbers unless --,"
 "I understand. I will call another network. Thank you for your time. Good-b--"
 "Just a moment," she said, "Can you hold?"

 以上の会話の後、著者は以下のように述べている。

 The editor put the caller on hold and stretched her neck. The art of screening out
potential crank calls was by no means a perfect science, but this caller had just
passed the BBC's two tacit tests for authenticity of a phone source. He had refused
to give his name, and he was eager to get off the phone.

 おわかりかな。
 つまり、情報タレこみ屋が、
 
          1. おのれの名を明かさなかった。
          2. 「いやならいいよ。俺は他にあたる」と強気だった。

 この二点が、こうしたタレこみに対するBBCの対応基準に合格した、というのである。
 言い換えれば、タレこみをまともに取組む姿勢に変化した根拠が、以上の二点である、というので
ある。
 
 日本式標準とは、まさに逆であろう。NHKにこのタレこみ屋が同じように電話し、同じような
態度をとれば、NHKは簡単にぷつんと通話を切ったことだろう。そして、特ダネを失った。

 この会話の後、実際、BBC側はバチカンに張り付いている特派員の電話番号をそのタレこみ屋に
告げたのであった。これが非情なる現実なのである。非日本社会における・・・・、    ■





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