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| 6035 | 政治の形態の一部 | 王老五 | 06.07.30 | ||||
| ドイツの戦略家、クラウゼウィッツは喝破せり。「戦争とは、政治の一形態なり。」 これは至言なり。ことに平和の呪文を唱えることが好きな戦後の日本人には、頂門の一針たれかし。 その国の執行部、つまり政権であるが、それが必ずしも国民を守ってくれるはず、と思うことが 甘いのだ。60数年前、日本海軍による真珠湾攻撃を見よ。2000人近くの犠牲を平気でルーズ ベルトは敢行した。この前の911とて、似たようなものだったろう。国防省に突っ込んだ形跡は、 とてもジェット旅客機の大きさには至らぬ。なぜ? (”国防総省”ではない。原語は Department of Defence だ。どこに ”総”の意味を表す文字が 入っているかい? 日本人よ。”大英博物館”然り。原語は、British Museum なのだ。どこに ”大”を現す用語が加わっているか。”英国博物館”が正解。アホかい、日本人。米軍の進駐時代は とっくに過ぎたんだぞ。いつまで毛唐拝跪をやっている!) ここで脱線する。日本海軍という文字を見たためである。 この前、当地のある日本食堂を訪れた。事務所の近くだ。経営者は紛れもなく日本婦人である。 二店舗を所有しているとの由。流石はその世界で生きてきた女性だ、客対応に如才がない。見た ところ、団塊の世代に属するだろう。一方、その店の管理を任されている女性とて、若い日本女性だ。 この業界における素人臭さが残るが、どうにかやりこなしている。顧客サービスの細部にはまだ配慮が 行き届かない。笑顔の愛想だけでもっているようなものだ。 ある日訪れた。 壁に目新しいポスターが貼ってあるのに筆者はすぐに気づいた。それはたぶん食材の仕入先である、 築地の問屋のものだった。細長い、小さなポスターであった。そのデザインを捕捉する目的なのであ ろう、「旭日旗」をあしらった絵が背景にあった。旗の中央部に何か文字が入っていたため、ちょっと 見には、「旭日旗」と気づくには無知な一般の人であれば難しいものであった。 が、筆者は時間をかけてそれを眺めた。「いかん、やはり”旭日旗”をあしらったものに間違い ない。」 「義をみてせざるは勇なきなり」ではないが、筆者はその若い日本女性を呼び、そのポスターの デザインのことを告げた。「はあ?」とまるでピンと来ていなかった。そうなると、歴史から解説を しなければならなかった。手短に六十余年前に戻った。仮に、その店が大陸に所在していたならば、 当然「この店は、日本軍国主義の手先だ! 追放しろ。経営者を出せ!」と吊るし上げに遭ったで あろう。 その翌日、やんぬるかな、South China Morning Post 紙の第二面に、その旭日旗を焼き棄てて いる写真が大きく掲載されており、そこにまた反日運動の一部を伝えていた。 「旭日旗」というのは、旧日本海軍を表す旗なのである。かつての海軍艦艇にはいずれもこの旗が ひらめいていたはずである。 その同じ旗が、戦後の海上自衛隊の艦艇にもひらめいている。このことを問題にしない、日本の 左翼は何をしているのか。不勉強この上なし。 海上自衛隊の練習艦隊が世界を寄港し、ことに英仏独露という大国に虐げられて来た欧州の小国、 ギリシア、トルコあたりでは、その「旭日旗」は大変な歓迎を受けたであろう。フィンランドでは、 通り名に、「トーゴー」があり、ビールの銘柄にもあるそうな。「トーゴー」とは、ああ、歴史に 弱い日本人に敢えてここで解説しよう、「東郷元帥」のことなのだ。 日露戦争開戦直前は、予備役編入に近い、舞鶴鎮守府長官職にあったのが後の東郷元帥であった。同じく 薩摩出身、当時の海軍大臣・山本権兵衛がなぜかその東郷を舞鶴から戻し、聯合艦隊長官に据えたのだ。 ”風采のあがらぬ、小さな男がよぼよぼと下を向いて”着任した東郷に、当時の海軍内外ともに大きな 批判が起きた。あまりにもの騒音に、明治天皇は山本を呼び、尋ねた。山本は、「東郷は運の良い男で ありますので・・・」と答えたのは有名な話である。 仮に、もしこんな破天荒な人事が行われなかったとしたら、その後の日露戦争の推移はどうなったか? 対馬沖の日本海海戦にしくじっておれば、とても当時の日本は講和にもっていくことは不可能で あったろう。ロシアの餌食となり、ロシア、米英が、日本列島をそれぞれ切り裂いていたのでは なかったか? その後の昭和に入って、そんな破天荒な人事はとてもとても実施できなかったはず。それが証拠に 結果が物語っている。 さて、脱線から戻る。 去る一週間近く、大陸に出張していた。 平均一個6キロ近い重量の鋳物製品を2000個、出荷前の検品が目的だった。 現場では現場の作業員が、私が一個一個手に取って検品可能になるように、按配はしてくれたもの の、ブツは「新車のボディのように・・」という客先の要求があるほど、ちょっとでも何かにその 製品をぶつけると、せっかくの塗装が剥げ、不良品となってしまう。だから、一個一個の手扱いが 極めて慎重を要したのだ。だから、よけいに手がかかった。 ほぼ全量を筆者が手に取って検品した。 作業員らはいずれも若い世代だった。彼らは、「あのおっさん、もう禿げて、白髪が目立つのに、 えらいタフやなあ。いくつやい? 全然休もうとしないぜ。これじゃ俺たちが参ってしまうぜ。」 という仲間うちの会話があったであろう、と容易に想像がつく。 大陸の町工場に足を運んだことがある御仁はご存知だと思うが、工場内は照明が乏しい。昼間でも 工場内は日本の標準でいえば、薄暗いブツの出し入れが少ない倉庫みたいなものだ。 だから、検品そのものは戸外の自然光に頼る必要があった。戸外。40度近い猛暑が待ち受けて いた。 筆者は、その大昔、高校時代はサッカーで汗を流した。当時Jリーグの前身、日本リーグすら まだ発足していない時代だった。時代が違っていた。今ならば、Jリーグを目指し、もっと真剣に なって球を蹴ったであろう。自慢じゃないが、筆者は自分でも後になってなぜ? と自ら思うほど、 咄嗟の時、咄嗟の判断でパスが出せたのだ。あれこそ反射神経だけなのだろう。脳へいちいち指示を 仰いだものではない。Jリーグは逸材を逃した。 この検品作業は、その高校時代の青春期を思い起こしてくれるのに十分であった。 毎晩宿屋に帰るころは、ふらふらだった。まるでサッカーのトーナメント、予選、準々決勝、 準決勝、決勝戦へと、連日戦っているようなものだった。作業現場では、 「もし、誰かが倒れるとしたら、おい、お前さんらの一人か、俺か? さあ、どっちだ?」 という意気込みだった。 老いても日本男児だ。かの種族に遅れを取るわけにはいかぬ。しかも、 「昔、俺たち日本人といくさをしたのが、間違いだっただろう? これからもそんな気を起こすのが 間違いだと認識しただろう?」 という抑止力をかます目的も筆者にあった。日本国外務省のチャイナスクールの面々は、ただ北京に 媚を売り、日本側の貴重が情報を中華人民共和国側が簡単に流し、北京からの東京に対する圧力に 簡単に屈し、また屈するようにと官邸に助言しいるのだろう。法外な待遇を日本国の税金から得て おりながら、外務省の媚中派公僕はこうなのだ。それをまた庇う邦字紙らである。 ・・・ さあ、ほんまもんのいくさ。中東。 米国のCondiRice長官、ありゃ交渉能力に欠けるのだろう。なんで一週間足らずでまた 中東に入る必要があったのか。たぶん、Bushから叱責があったのではないか。しかも、 テレビの報道でみる限り、(毎晩帰宅後、住まいで見ることが出来る有線テレビ、FoxNewsを 追っかけている。これは米国の放送である。)、事態が何かの祝賀記念に訪問するのでなく、戦の 調停なのに、あの独身女性、異常なくらい無理して笑顔を周囲に振りまいている。何を考えているの か、このおばさんは? たぶん、本人は緊張のあまり、それを外に見せまいと無理に笑顔をこしらえて いるのだろう。こうした調整には、知能指数200は必要でなかろう。 引替え、・・・・ Hezbollah。この指導者、風貌がいいねえ。まさしく指導者のそれで ある。明治大正時代の日本の指導者とてそうであったのだろう。 イスラエルの傍若無人ぶりが曝露したね。監視部隊の聯合国派遣員を攻撃し、四人を死亡させて しまった。これまでレバノン攻撃で、「いや、民間人は避けて空爆している」という弁明だったが、それは 単なる口先だけのことだったことが、ここに来て判明した。まさに無差別攻撃そのもの。目に映る動くもので それが味方以外であれば、とにかく攻撃を加える、というのがイスラエルが現場に与えた指示なのだろう。 それはまさに六十年前、米軍が行った東京空襲を彷彿とせしめる。子分は忠実に親分をまねるものだ。そして その親分は今の子分の暴れには目をつぶるだけ。 今もBBCのラジオ報道が伝えている。レバノン南部の町がイスラエル軍に攻撃を受け、40人ほどの 死者が出た、たいていは子供らしい、と。まったくひどい話だ。Riceはろくな成果を得られずいそいそと Washingtonに帰るだけになるだろう。所詮、Riceには荷が重い、この調停工作は。 さて、Hezbollahは次第に外堀を埋められつつある。いかに精鋭を極める戦士であっても、戦う相手が イスラエルだけなく、米国が登場し、しかもそれを聯合国なる葵の御紋を振りかざしてくると堪える。問題は、 イランの対応だ、イランはどうHezbollah支援に対処するか。イランがアラブの盟主になりつつあるのを 脇目で快く思わぬサウジは? ここに来て、イラク駐留軍を一挙に増援した米国の動きは、間接的に Hezbollah,イラン体制に圧力を加えるものだ。いざとなれば、隣国のイラク駐留軍を簡単に レバノン前線に送り込めるからだ。 BB会談。Bush−Blair。国際部隊を送り込む、という案。日本の陸上自衛隊よ、参加せよ。 そして真剣勝負に慣れて来い。ただの警備のイラク駐留だけで戦死者が五名出たそうな。いずれも 敵の弾丸に当たって死亡したのでなく、日本に帰国後、精神がおかしくなり、自殺したものだそうな。 軍人は死ぬ時は敵の弾丸に当たって、だ。そんなテイタラクで北韓への抑止力たり得るか? へなちょこ 共! レバノンに行って血を流して来い。自殺する前に、弾丸に当たって死ね。それが兵士の本分だ。■ | |||||||
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