5128  いつもながらのこと、朝日新聞 王老五 05.12.25

 以下は、電子版「朝日新聞」12月21日付からの抜粋である。日付が1,2日相前後している
かも知れない。その節はご容赦願いたい。
 
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香港政府の選挙制度改革法案に反対する「25万人以上」(主催者発表)の市民が4日、香港島でデモ行進し、直接選挙の
早期全面実施を求めた。香港政府は法案修正に応じる姿勢を示しておらず、香港議会での21日の採決に向け、中国中央政府を
含めた駆け引きが激しさを増しそうだ。

 デモは民主派組織やカトリック教区の司教などが呼びかけた。董建華(トン・チエンホワ)行政長官時代に政府ナンバー2の
政務官だった陳方安生氏らも参加。「5万人が最低目標」との事前予想を大幅に上回る人々が集まり、「市民を信じ、政治を
市民に返せ」などと訴えた。

 07年の行政長官選挙、08年の立法会(議会)選挙を控え、香港政府は10月に選挙制度を定める政治制度改革法案を公表。
立法会の直接選挙枠の拡大などは盛り込んだが、民主派が強く求めていた、直接選挙の全面移行の具体的な時期を示さなかった。

 危機感を強めた曽蔭権(ツォン・インチュワン)行政長官は11月30日に異例のテレビ演説をし、「各界の意見を最大限
考慮した法案だ。否決は民主の停滞につながる」と、市民に訴えた。

 対立の先鋭化に、中国も焦りの色を見せ始めている。香港の憲法に当たる「基本法」の解釈権を持ち、「直接選挙の全面実施は
時期尚早」としている中国の全国人民代表大会常務委員会は、12月に入って副秘書長を派遣。民主派議員らと面会し、21日の
法案採決に向けた説得工作を始めている。

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 さて、何から料理にかかろうか。
 お、そうだ。ご丁寧に登場せる香港政府高官の名をいったん中字で表しながら、括弧付けにて、
カタカナ表記がしてある。
 そのカタカナ表記を料理しよう。
 その表記は「普通語」の発音になっている。なぜ? 不勉強な当地日本人は「北京語」と称しなけ
れば、ピンと来ないであろう、「普通語」のことを。厳密にいうと、「北京語」と「普通語」とでは
異なるのである。英語では、もうPutonghua という表記で定着している。ここにも、英語での
素養に欠ける日本人の程度が垣間見える。

 それじゃ、この両者、つまり前「特首」(英語では、Chief Executive と称す)と現「特首」の
二人、董建華氏と曾蔭権氏、それぞれの名が英語でどんな表記されているか、みてみよう。英語が
当地の公用語のひとつである、ということを読者諸賢再認識してもらいたい。
 
     董建華  →  Tung Chee-hwa
     曾蔭権  →  Donald Tsang Yam-kuen
     陳方安生 →  Anson Chan Fang On-sang

 朝日記事には、登場三名のうち、陳方安生

(朝日は、”氏”という称号を付帯しているが、果たして妥当か? 四年ほど前に既に下野し、
 本人の弁では、”私は目下家庭の主婦ですのよ”とある通り、市井の一ご婦人だ。が、無論、通常
 そこいらのご婦人ではない。”氏”はやはり男性を意味する称号であろう、この場合、”女史”が
 妥当ではないか、朝日よ。ちなみに、支那語では、日本語でいう”女史”の意は、”女士”と表現
 する。参考まで。
  さらに申そうか。陳女史には、尋常でない、四文字の姓名となっている。一般的に支那人の
 名前は三文字であるところ。しかし、四文字の姓名を持つ人はゼロではない、が、極めて稀なり。
 が、陳女史の場合、解説しよう。”陳”という姓は、配偶者の姓であり、本人本来の姓は”方”
 なのである。支那女性の場合、こうして、英語でいうところの、maiden name を残し、その上の
 冠に亭主の姓を付帯するのである。
  上述の英語表記に、Chan が”陳”を表しており、Fangが”方”を示している。が、ここで
 矛盾がある。Chanという発音は広東語のそれであり、Fangは普通語のそれである。陳を普通語で
 発音を示す場合、Chenとなる。そうら、台湾の大統領の姓をご覧。
  この種の矛盾はまだある、後述する。)

女史の名前のカタカナ表記がしていない。なぜ? 不公平じゃないか、おい朝日よ。

 さて、上記三者の英語表記名、これを無理に敢えてカタカナ表現するとすれば、

     董建華   →  トン・チーホワ
     曾蔭権   →  ドナルド・ツァン・ヤンキュン
     陳方安生  →  アンソン・チャン・オンサング

あたりではないか。 ほうら。朝日のカタカナ表記とは異なる。ちなみに、曾氏及び陳女史の二人は
英語による個人の名前を保有しているが、董氏はそれを保有していない。これは香港社会では決して
強制ではない。個人の自由なのである。どちらかといえば、若い世代はたいてい保有し、年配世代と
なると、保有しない人が増える。そう、日本人大好きな映画俳優、ジャッキー・チェン。この場合の
ジャッキーがその英語名にあたる。彼の支那語名は、「成龍」。
 つまり、曾氏の場合、Donald、ドナルド、陳女史では、Anson 、アンソンがその英語名に当たる。
 香港政府高官の中でも、その英語名を持たない人の方が少ない。

 さて、董氏の英語表記。
 これは本当は広東語表記のそれでもない。かと申せ、普通語のそれでもない。ことに「チーホワ」の
名の部分である。筆者は上海語は、せいぜい一から十までの数字を唱えることと、簡単な挨拶程度
しか知らないが、董氏は上海出身の父親が創業せる船会社の御曹司であるあることを考えれば、
「チーホワ」は、上海語の発音を導入したものとみゆ。
 当地、香港人の間で、董建華のことを、「トン・キェンワア」に似た発音をする、これが広東語
発音である。ただ、カタカナ表記には限界がある。ことに「キェン」の箇所。実際には、「ギェン」
という濁音との中間の発音なのである。が、日本語にはそんな発音がない。仕方なく「キェン」
というカタカナに置いたが、「ギェン」に置き換えても構わない。「キ」と「ギ」の中間に当たる
発音が原語だからなのである。
 あるいは、その広東語は、簡単には「トン・ケンワ」と聞こえる。「ワア」としたのは、「華」は
広東語では尻上がりの調子で発音しなければならない。が、普通語の「華」はその逆となる。
 さらに姓。Tung。これを眺め、日本人は「ツゥング」あたりの発音するのではないか。それが
証拠に、南韓有数の電子メーカー、Samsungを「サムスン」とカタカナ表記している。
 この母音発音、ここにも日本語カタカナ表記の限界に躓くのである。英語、支那語、Tung、Tong
と微妙に発音が異なる。が、それらをカタカナ表記すれば、いずれも「トング」となってしまう。
 が、Tungはどちらかといえば、トングに近い発音になる。それが証拠に「太陽」The sun,これを
「スン」と発音するか? 

 曾蔭権氏の英語表記。
 これはほぼ広東語発音を踏襲している。同氏は別に上海人ではないからであろう。あの顔をみても、
まぎれなく華南人を先祖としたそれである。

 陳女史。英語でFangと残っているところに、筆者は指摘した。
 陳女史とて、上海あたり出身の先祖を持つ。祖父は大陸支那では将軍だった由。だから、本人とて、
「方」は、やはり広東語発音であって欲しくないのだろう。「方」の広東語発音は、Fongあたりか。

 さて、あの土曜のデモ時、警務処処長、つまり、Commissoner of Police,つまり警察の一番えらい
人だ、その人がデモの状況をあの会議場で記者会見した際、まず広東語で話す、そしてそれが終われば、
英語で説明した、それだけ。普通語での説明はなかった。これは警察部隊が行った公式会見である。

 朝日の見識はどの程度であるか、さあ、もはや読者諸賢にはお分かりいただけよう。

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 言語の解釈を終え、次に、、、記事内容。

 「陳女史が、董特首時代のNo.2だった」としか、彼女の横顔を説明していないが、それじゃ、
まったく不足だ。返還前、最後の総督時代、当地香港人として初めて内閣のNo.2に登り詰めた高官で
あった、しかもあの最後の総督、Patten氏の信任が非常に厚かった、ということだ。
 
 無論、朝日側の弁明は「紙幅の都合があった」となろう。
 が、最低、”陳女史は、英国統治最後の総督の時から、返還直後の董特首を通じて、No.2だった”
と記述すべきであったろう。

 本来ならば、さらに紙幅を按配し、この陳女史がデモに一市民として参加したことにより、流れは
大きく変わり、いずれ陳特首待望論が出てくる、ということまで述べるべきであっただろう。

 朝日の香港特派員は何をしているのだろう? 数年後、日本に戻る為、ブランド品買い漁りに
多忙なのだろう。
 朝日の諸君だけでない。以前、産経の記事にも同様の長閑な内容があった。
 産経は、特別に企画せる「戦後の・・・」という連載物があった。
 その連載物、香港に関わる項にて、「香港は過去の大戦時、日本軍に四年占領されていた。」と
いう記述である。
 その「約四年」に筆者は、産経はこれじゃあかん、と思った。
 非報道機関の人がかく表現するのは、無理もないところだ。それが本業ではないからである。
 が、報道機関、カタカナを使いたくないが、ジャーナリストであろう、それがそんな素人程度の
知識でどうする? 
 当地香港。今は七〇歳以上の老人に尋ねよ。
 「香港が日本軍に占領されたのは、どれくらいの期間であったか?」
認識症にまだ陥っていない年配者ならば、即答するはずだ。
 「三年八ヶ月。」

 こんなこと、当地の各年代層と付き合いすれば、容易に知り得ることなのだが。 

 そして、21日、政府案は否決された。政府は立法評議会議員の三分の二の賛成を得ることが出来
なかった。民衆の力が直接に影響を与えたといえよう。さて、翻り、日本の民衆はここまで政治を
揺り動かすほど、汗を流していようか。それどころか、関心は無きに等しい。そんな民衆に民主主義は
不要だ。                                     ■





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