5123  外から見える靖国問題その後 王老五 05.12.15

 まずはこれである、south China Morning Post 紙。




 11月終わり頃の記事である。
 宮澤というじいさん、まだしゃしゃり出てきているのか、驚いた。この人物が戦犯に相当
する三人のうちの一人だ。誰かの内閣時、本人が官房長官の時、あ、善幸内閣だったか?
「教科書選定に関しては、周辺国の思惑を考慮に入れる・・」という趣旨のことを述べた。
 
 周辺国にすれば、にんまりだ。
 どこの国が、自国の教科書制定にあたり、外国の思惑を参考にするか? 世界広しといえ
ども、そんな国があろうか? 

 この人物は、かつて池田内閣時から登用されてきた。その当時から政治を眺めてきたはず。
 しかも、戦前、戦中派といっていいだろう。

 じゃ、じいさん、伺いたい。
「あなた達、戦前、戦中派らは、果たしてこの前の大東亜戦争に関する徹底的な分析、考証を
行ってきたか。」
 答えはわかっている。否。

 麻生外相、大いにおかしな長老らに推されないよう、頑張ってほしいものだ。
 最近、中曽根とて次第におかしな見解を示すようになった。とっとっと、棺桶に入る準備を
することだな。この二人は。

 そんな愚かな長老の圧力にめげず、我らが小泉は、


 
 えらい。
 その通りなのだ。
 このことに対し、主に三国人から敢えてごちゃごちゃいうてきていないではないか。
 ただ、東京駐在の王という気障な大使ぐらいだろう。

 それでいいのだ。
 諸外国がちゃちゃを入れる筋の問題ではないのだ、靖国問題は。
 今の靖国神社のあり方に、問題がないとはいえない。が、その問題の討議は、日本国内部で
日本人で行う筋のものである。他国の干渉はまったく論外である。
 国家の犠牲になった魂を祀る神社、仏閣、あるいは墓地、などの扱いは、どんな国でも、
他国の干渉を受け入れているか? そんな国の存在は聞いたことがない。

 こんなことをなぜこれまでの政治、外交は堂々とぴしゃりと発言できなかったのか、理解
出来ない。当たり前のことが発言できない、これまでの日本外交であったのだ。   ■





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