5069  台湾の日本男児 王老五 05.08.14

 この人。日本国籍を有する日本人以上に大和魂を有する人物だ。氏は袋叩きに遭いながら、
「尖閣諸島は、日本固有の領土だ」と台湾で明言している。台湾はおろか、大陸からも
「糞ジジイ!」と大変な罵りを受けているのである。にも拘らず、氏は前言を翻せてはいない。
どこかの国の宰相は、四年か五年前、政権を握った当初、「私は靖国参拝は絶対実施する。」
と勢いのあることをおっしゃっていた。初年度はなるほど実行した、が、激しい嵐に懲り、
その後は八月十三日にしたり、或いは元旦に、とお茶を濁して今日に至っている。
 李氏は、そのことだけでなく、かつて台湾に尽くした無名の日本人のことを掘り起こし、
平成の日本人に、そんな立派な日本人が明治、大正時代に台湾で活躍した、という事実を
知ってもらおう、という志から、何度も訪日を希望していたのである。
 我が郷里出身、八田與一のこと、筆者は恥ずかしながら、ごく最近まで不案内であった。
 八田與一は、台湾でダム建設に尽くした。
 1,2年前だったか、李氏が日本訪問を依頼したのは、招かれていた慶大でその八田與一の
偉業を伝えんとするものであった、という。


 
 元来、八百万の神々に育まれた日本文化は、たいていのことを包含してきた。日本語。然り。
漢字を使い、そのうち読み方を自国風に作り変え、さらにその漢字から派生して作り上げたひら
がな、カタカナを発明し、今度はもともとの漢字といっしょくたに使う方法すら編み出した。
 宗教とて、どの宗教に対しても、比較的寛大な受け止め方をしてきた。

 靖国に祀られている戦犯とて、無名戦士の全体数からすれば、微々たる存在だ。その戦犯とて
かく断定したのは、極東軍事裁判だ。それとて、今ではいかにいんちき裁判かということも
判明している。正式な国際判事の資格を持った裁判官はインド人のパール判事のみ。そのパール
判事だけが「無罪」を主張したのだ。
 かく申すも、筆者は戦犯を庇っているのではない。
 例えば、東条英機。雑誌テーミスの八月号。
 その中に、政治評論家・清宮龍氏が、「東条英機『狂気の弾圧政治』を明かす」と題した論文を書いて
いる。驚いた。戦前の国会で鳴らし、同じ朝日新聞では緒方竹虎と盟友であった
中野正剛が東条の絶えざる弾圧を抗議すべく、自宅で切腹して果てた、という史実は、実は
でっち上げであり、東条の腹心、四方憲兵隊長が自ら、「俺が中野を殺した。」と何かの酒席で
吐いていた、という記述に筆者は驚愕した。何も中野正剛に対してだけでなく、批判的な分子は
ことごとく、”指名召集”と称して、中年に達していた学識者でも、二等兵として戦地に放り
出すのが常であった、という。東条の弾圧政治は。
 謎は、そんな東条の弾圧政治をなぜ見て見ぬふりを、裕仁天皇及びその他の実力者は決め
込んでいたのか。ここにメスを入れねば、歴史の検証とはなり得ない。

 他国の力でなく、日本人は自ら戦争の評価をかつてしたことはあるのか。あの時期に関する
歴史の検証すら、避けようとしているのではなかったか。「臭いものに蓋」か。
 
 まだまだ「臭いものに蓋」が、日本には残っている。               ■






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