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| 5056 | 「いー52号」潜水艦が非日本人の手で成仏されるか? | 王老五 | 05.06.12 | ||||
| たぶん、読者諸賢のうち、「いー52号潜水艦」の悲劇をご存知ある人はそういまい。 あの大東亜戦争(「太平洋戦争」ではない。戦線が西はインド洋にまで及んだ。そこが太平洋か。 この「太平洋戦争」という名称とて、進駐軍の押し付けなのだ。ご存知か、平成の日本人よ。ふむ、 陰の声が聞こえてくる。「第二次世界大戦というではないか、それはどうなんだ?」 うむ。これは 豈日本に関わる大東亜における戦争だけでなく、欧州戦線をも含む。つまり、ドイツ・イタリアの 枢軸国対英米を中心にした連合軍との戦いである。文字通り、「世界全体を巻き込んだ戦争」という 意味になり、極東だけの戦争とはいいがたい。)末期近くとなった、1943年12月、当時で世界最大 規模の潜水艦「いー52号」が完成し、かねてよりの目的である、イタリアを含み、枢軸国の同盟で あるドイツまでの航行に出発した。 これは日本において、機密の計画だった。一部の幹部を除き、乗組員らはどこに向けて出発するのか 知らされていなかった。ただ、未知のところに出発する、というだけだった。だから、家族にさえ、 無言という命令が出されていた。 このことが、SouthChinaMorningPost紙に掲載されていた。四月十七日付。 以下、見出しに続き、本文をみていただこう。 とにかく当時としては、世界最大規模の潜水艦だったとは驚きである。 ゼロ戦、戦艦大和・武蔵に続き、当時のわが国の技術が世界最大のものを作った、とは。これは 大変な当時の日本人の偉業である。そんな先達の偉業を平成の日本人はよく飲み込んでおくべし。 戦争の真っ最中だから、水面に姿を現す通常の艦であれば、格好な攻撃の的となる。だから、潜水艦 しか手はないと当時の日本海軍は考えた。 乗組員は94名、そして特別任務を帯びた将校が14名、合計108名が乗り組んでいた。 出航は、明けて1944年の三月。途上シンガポールに寄港し、アヘン3トンを積み込んだ。これは 純粋に医療目的である。ゴム、錫、タングステン、そして金の延べ棒を146本(現在の市場価格 推定: 2700万米ドル)をも積み込んだ。 真の目的はいまだに判明していない。 日本人に代わり、六十年も大西洋の海底に眠っている「いー52号」をもろ共引き上げよう、と いう壮大な計画を実施しようとする米人・Tidwell氏の見方は、 「当初、他の歴史家と同様、原爆製造に必要なデータを運ぶ目的だったのではないか、という思いを していたが、実は和平工作に奔走すべく、担当将校及びその他の物資を積載していたのではないか、 と思いに駆られている。」 それは当時スイスにいた日本海軍駐在武官・フジムラヨシロウが、米国との和平に秘密裏に動いて いた形跡があり、本人はこの「いー52号」の到着を鶴首して待ちわびていた、という。それが 憶測できるのは、この「いー52号」が米国の戦闘機・爆撃機によって沈没した直後、東京とベル リンの間を交信する暗号電報の内容から窺えた、という。 筆者は以前BBC放送の記録番組で、大西洋の海底に60年間横たわっている、この「いー52号」を 撮影すべく、無人の特殊潜水艇を使ってその突き止めに成功していたのをみたことがある。 Tidwell氏は、以前のその撮影映像から想像し、遺体とてまだ残っているのではないか、といって いる。 Tidwell氏は、もし「いー52号」の引き上げに成功したら、それを日本に持って帰るつもりだ、と 告げている。えらい。米国に持って帰るのではない。氏は自身の資金を6百万ドルを拠出、残りの 1000万ドルをあちこちからの拠出に待っている、という。 氏は、日本政府との取決めにより、もし金貨をも引き上げたら、そのうちの1割を頂くことになって いる。 どうだい。規模が大きく、夢のある壮大な計画ではないか。これぞ男の仕事ぞ。米国人が、だぞ。 おいおい、日本の金持ちは何している? 堤あたりはこうした計画にいの一番に飛び込んでもらわ ねばならぬところじゃが。情けない。おなごの尻ばっかり追いかけて、そして挙句の果てはお縄頂戴、 か。 恥ずかしい。日本人よ。しっかりしておくれ。 ■ | |||||||
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