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| 5016 | 北京空港でタクシーを拾うと・・・ | 王老五 | 05.02.06 | ||||
| 数年前、かつて香港に在住しており、今は日本に戻った紳士から聞いた話が、これである。 当人は今は五十歳をちょっと越えたばかり。体重100キロ。が、ぶくぶくの肥満体ではない。 若い頃は空手を修めた由。威圧感はある。五十歳を超えた今でも、Kなんとかという格闘技の番組は 欠かさないらしい。2,3年前、成田空港でお見かけしたアントニオ猪木氏に声をかけ、二人で写真に 納まるほどの行動派である。 顔相とてどうみても、優しそうな、という形容詞は思いつかない風貌である。 関西は和歌山出身。車の「泉」ナンバーで街を走っても、本物の「泉」ナンバーのタクシーが道を 譲りそうな、強持ての面持ちの持ち主である。 そんな彼が、3,4年前、出張で北京に降りた。 当然、空港からタクシーで街に出ようとした。あるタクシーをつまんだ。ちょうどその頃、ソニーの Digital Cameraを買ったばかりであり、つい、楽しくなり、そのタクシーの運ちゃんの 後姿をこっそり撮ったりもした。 北京は空港から街までは、ちょっと距離がある。国の顔であるから、それなりに気遣ったのか、 あの空港敷地を出てまもなくの、ポプラ並木道は実にきれいである。あのまま永遠に走り続けたいと いう気持ちにすらなる。それに比べ、日本国、成田空港、東関東自動車道路に乗っても、そこまで 感嘆する風景には出会わない。風情ないこと夥し。あれは人間様が住む土地なのか? 否、ロボット 様のそれだろう。 無論、北京もそのポプラ並木道だけだ、印象に残る光景は。他になし。 さて、タクシーはだいぶ走り続けた。 と気づくと、いつの間にか、車は支線に入り、おかしな行程を取り出した。おかしいな、と彼は 思いつつ、車はいつの間にか山間にさしかかっている。 で、車は止まった。降りろ、という運ちゃんの指示で彼は仕方なく降りてみた。 降りたら、そこには十人ばかりの男共が輪になって取り囲んでいた。場数を経ている彼は、咄嗟に 感づいた、「やられたか。」 しばらく睨み合いを交わして彼が気づいたことは、中央付近にいる一人のベルト付近に、差し込んで いる短銃がみえた。それが本物か偽者か確認する術がない。 彼は、もう銭の交渉に入る態勢に切り替えた。敵も「おお、ものわかりのいいやっちゃ」といった かどうか、が、そんな感じだったという。 彼は素直に、最低これだけは旅行を続けるのに必要だ、それは勘弁してくれ、と陳情したという。 テキはあっさりそれに了解を示し、それに差し障りのない額を取り上げた。 得るべく銭をせしめたら、山間だから、足は不自由だろう、街までのタクシーを拾ってやろう、と テキは親切心を示して、誰かを流しのタクシー探しに走らせたという。 その世話してくれたタクシーでどうにか街に入ったという。ホテルに落ち着いてから、彼は 日本大使館に出向き、事件の報告をした由。が、係官は事務的に話を聞く雰囲気だったという。 撮ったDigitalCameraの映像では、一味だった運ちゃんの首筋に大きな傷跡が発見 され、本当に日本大使館が一味捜索に真剣になれば、その写真を頼りに、北京の警察当局と協力して それなりに活動が出来たはずだった、と彼は悔しがっていた。 ・・・・ そのことを思い出し、去る先月、筆者は出張で北京に出た際、空港でタクシーを拾った。北京に 入ったのは、国際線でなく、西安から入ったので、国内線だった。 蝟集するダフ屋、白タク群を退け、どうにか正規タクシーに辿り着いた。で、乗車せんとする 刹那、それまで視線が気になっていたお巡りさんが、ふいに近づき、さっと何かを書き入れ、それを 手渡してくれるのであった。 それが以下である。 ![]() この上端に手書きの数字が、タクシーの登録番号である。 そして印刷してある能書きは、「このタクシーに乗車して、何か不都合があった場合、***宛に 一報願いたし。」という主旨である。 これは外国から北京に入る旅行者にとり、極めてありがたい行政である。安心できる。無論、完全 ではないが、良化の一歩である。 その出張時、Shengzhen,西安、そして北京と廻ったが、北京以外ではこうしたことには 出くわさなかった。いずれ普及するのだろう。 読者諸賢よ、北京に降り立ち、タクシーを拾う際、こうしたパンフレットみたいなものを渡して くれそうなお巡りさんがいるような地点で、タクシーを拾うことをお勧めする。 ■ | |||||||
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