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| 4074 | やっぱり出た、数十年後の日本の不安 | 王老五 | 04.11.26 | ||||
| けふ当地の新聞、「都市日報」に掲載されていた記事が以下である。 ![]() この大意は、”日本の文部科学省が行った調査結果を発表した。それによれば、13,000名、 33校の私立大学生一年坊主を対象に行った読解力試験の結果、約二割が13、14歳並みの実力だ ということが判明した。” ということである。 13、14歳といえば、中学一、二年並みということだ。それが難関らしい大学入試を突破した 私立大学の一年ガキの程度はその中一、中二並みの程度だった、ということだ。 驚くことは、まず私立大学の入学検定がいかにおろそかであったか、ということだ。それじゃ、 ろくに検定試験を実施していない、ことと同等だ。入学金さえ入れば、どんな馬鹿でも入学させる、 という私立大学の魂胆がここに垣間見れた、ということだ。 教育、と呪文を唱えるのは、銭儲けの為のひとつの宣伝文句なのが、私立大学当局の腹の内 だろう。筆者は数十年前から私立大学なんてなものはそんなもんだろう、と憶測をめぐらして いたが、ここに証明されたようなものだ。 次に、いかに私立大学の見識が低かろうとも、今の若者の学力程度がこんなに呆れ果てるほど 低下しているという事実だ。 この十数年、日本政府は、宰相が替わる度に、問われた記者会見での抱負は、「経済優先」 だった。多少用語が異なっても大同小異だった。つまり、「銭儲け第一」が国策だった。今も 然り。小泉は「郵政民営化」といささか常識離れの念仏を説くことしか念頭にないようだが、 それとて間接的には「経済優先」に近い。郵政民営化ということは、郵貯に手を自由につけたい、 ということに他ならない。その結果、永田町、霞ヶ関はもっといっそう国庫に寄生しようという魂胆 なのだ。「経済優先」という総論とて、景気がよくなれば税収が増える、となれば、永田町、霞ヶ関が 自由に出来る銭が増える、というしくみになる。 その「経済優先」という「銭儲け優先」政策ばかりを念頭に置いてきた戦後の国策、その 間に社会は荒み、教育程度は低下、人心は乱れる一方になってきた。 毎日の生臭い血をみる異常事件の多発、年間30,000人を越える自殺者数、醜聞が巷に氾濫して いるのが当たり前の社会風俗、「臭いものに蓋」の譬えを踏襲する報道機関はまともにそうした 事件の追求をしない。 そして、若年層の学力低下の一途。にも関わらず、文部科学省は「ゆとり教育」と名打った 無意味かつ有害な政策を推し進める。馬鹿をどんどん生産している。文部科学省の役人共とて この私立大学一年ガキらとさほど優劣の差がないのだろう。そうとしか思えない。 教育の荒廃がもたらす影響は、すぐには現れない。これは数十年先になって現れる。そして 気づいた時は、修復しようとしても数十年はおろか、もっとの年月を要す。経済の低下を救うには、 数年もあれば追い付けるものだ。が、技術となると別だ。教育程度の低下はそうした技術の低下にも 数十年後に直接に影響を与える。 「郵政の民営化」などと青白い呪文を唱えている暇はないのだ。日経ダウ平均が下がった ところでそれは大したことはない。失業率が仮に8、9%ぐらいに上昇したところで、大騒ぎ することはない。実際のところ、3Kと呼ばれる業界は人手不足という。失業率が高いのは、 あながち労働人口の身勝手なところも無視し得ない、とみるべし。 「貧乏人は麦飯を食え」と喝破したのは、池田首相だった。あれは正論だ。それでいいのだ。 貧乏人はおのれの背丈に見合う生活程度をすべきなのだ。それが支出面で背伸びするから、 おかしな社会事件が起きる要因となるのだ。三度の飯がちゃんと食えれば上出来なのだ、と 今一度思い返すべきではないか。 − 完 − | |||||||
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