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| 4070 | 歴史をしっかりと把握する | 王老五 | 04.11.20 | ||||
| 以前、ある日本の知人から、こんな反論を受けた。その反論前に筆者はその人に、 「日本はポツダム宣言を受け、無条件降伏したが、それは日本という国家が無条件降伏したので なく、日本の軍隊が無条件降伏した、ということを小室直樹の著書で得た、目から鱗が落ちる 思いだった。」 と伝えたところ、その人は、 「いや、そんなことはない。日本という国家が無条件降伏したのだ。」と反論してきた。 その後しばらく筆者はその人とはそのことで議論はしなかった。それは第一にいくら小室直樹 の著書であれ、引用されていたのが日本語に翻訳された内容だったから、原文の英語に出くわさ ないと、これはなんともいえない、と思っていたからだ。 七月がポツダム宣言が出て、八月十五日に天皇が敗北宣言をしたが、正式に降伏したのは、 九月二日なのである。問題はその九月二日、東京湾で日本側が「降伏文書」を聯合国側に提出 したのだった。その文書がどうであったか、である。 その聯合国側の代表は、 1. 聯合国最高指令官 マックアーサー 2. 合州国代表 ミニッツ 3. 中華民国代表 徐永昌 4. 連合王国代表 フレーザー 5. ソ連代表 ヂレヴィヤンコ 6. 豪州代表 ブレーミー 7、 カナダ代表 コスグレーヴ 8、 フランス代表 ル・クレルク 9. オランダ代表 ヘルフリッヒ 10.ニュージランド代表 イシット そして日本側代表は、 1.「大日本帝国天皇陛下及日本国の命に依る」重光葵 2.「大日本帝国大本営の命に依る」梅津美治郎 さて、その降伏文書の英語原文は、www.taiwandocuments.org/surrender01.htm に掲載されて いる。 当該知人との問題となる箇所は、当該文書の二段目に入ってからである。抜書きしよう。 We hereby proclaim the unconditional surrender to the Allied Powers of the Japanese Imperial General Headquarters and of all Japanese armed forces and all armed forces under the Japanese control wherever situated. さて、この部分の公式日本語文書は、//list.room.ne.jp/ の中のリンク頁に掲載されて いる。それは河原一敏という人がその頁を打ち上げ、自分で入力したものである。 それを引用してみよう。 「下名は、茲に、日本国大本営並に何れの位置に在るを問はず、一切の日本国軍隊及日本国の 支配下に在る一切の軍隊の聯合国に対する無条件降伏を布告す。」 と記してある。 邦訳はいささか古い日本語を使用しているので、もはや若い日本人には一覧後理解しづらい ところであろうが、要はこの箇所の骨子は、 □ 聯合国に対し・・・・・ □ 大本営 と、日本軍隊及び日本の支配下にある地域の軍隊 (両者並列) □ が、無条件降伏する ということになる。 「日本の支配下にある」ということは、当時日本の植民地あるいは、占領下にあった国々、 地域のことを指している。 平たくいえば、とにかく「日本の色がついている軍隊すべて」が、本部の「大本営」と一緒に 聯合国に無条件降伏します、ということになる。 さすれば、「日本という国家が無条件降伏する」という箇所はどこにも登場してきていない。 この英語文書が連合国に手渡され、双方が了解し、それを確認する意味で東京湾のミズリー号 艦上で、代表一同が署名したのだ。 仮に、この日本側提出の英語文書に不備、不十分な箇所があれば、それは受理されなかった はずである。そして当然調印は行われなかった。調印が行われたというのは、この文書が妥当だ と連合国に認められたからである。 結果。やはり「日本国は無条件降伏した」のではないのである。 − 完 ― | |||||||
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