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| 4036 | 日本の報道媒体が頬かむりする北朝鮮を含む極東情勢 | 王老五 | 04.05.27 | ||||
| 「盗品を取り返しに、盗人に呼び出され、いそいそと出掛け、結局大枚を叩き、買戻し出来たのは、その一部だけ」 だった小泉訪朝。あちらにしてみれば、盗品を高く売り付けることが出来た。彼我の貸借対照表は、雲泥の差となろう。 横浜在住の友人からの知らせでは、「小泉訪朝直前に、日本テレビが『日本が北朝鮮に米25万トンを援助・・・』と いう報道を流したら、首相官邸から大変な剣幕で叱責を受け、『日本テレビの記者だけは、首相訪朝にあたり、連れて いかない。』と脅かした」由。 これが事実ならば、由々しきならぬ問題を秘めている、これは。 第一に、これこそが、「言論統制」に他ならぬ。為政者の権力で報道機関を脅す。民主主義とはいずこ? 第二に、そこまで小泉政権が日本テレビに対して怒ったということは、訪朝前に内定していた「米25万トン」の話は、 本当の話だったのだろう。 小泉が訪朝する前にあの結論は出来上がっていた、が、北の金さんは、「俺はえらいんだ。小泉が出て来い、そして 人乞いしろ。」と田中均に命令したものだろう。 さらに、その友人の話によれば、小泉は会見現地では、どの位置に立って、金総帥を迎えるのか、事前に細々とした 指示を受け、それに従ったといふ。会見そのものはものの45分程度であったといふ。そして最後には、金がその場を後にし、 その後姿を小泉が見送りさせられた、といふではないか。 ・・・ その頃、筆者はWEB上における産経、朝日の紙面を眺め、どんな報道ぶりか当たってみた。 いずれも、「曽我さんが、・・・・」ばかり。 当地のSCMP紙では、その二、三日前、「亭主のジェンキンスは、米軍軍属でありながらその軍隊から逃亡した。 その罪は未だに軍法会議で判決が下りていない。日本政府は、そこをなんとか、と米政府に嘆願しているが、米政府は オシになったままだ。」という趣旨のことが記事に出ていた。 「軍隊を逃亡」したのであれば、然るべき法律に則り、処罰するのが、当然だろう。 そんなところにのこのこと日本政府がなぜ嘆願を? 馬鹿な。それはよけいなこと、と言わねばならない。 それよりも、拉致疑惑が発覚したずっと大昔、害務省はいったい何をしていたか? ここが一番の問題じゃないか。 その日本国害務省の怠慢こそ、落とし前つける必要があるのではないか? 過去20年に遡り、害務省の北朝鮮管轄の局長およびその上層部全員から、私財を吐き出させ、それを北への援助物資の 費用の一部に補填すべし。それはあたかも、邦銀において、過去30年に遡り、役員以上はすべて私財を吐き出させ、 それを赤字補填に寄与せしめるべきと同様に、だ。 ・・・ そんな長閑なドタバタ劇を演じている日本・・・・。 世界では、・・・こうした事実が発覚していたのである。日本では報道していたのかな? 五月二十四日付、SCMP紙。 Pyongyang linked to uranium shipment/Evidence suggests two tonnes were sold to Libya, UN atomic inspectors find という見出しが付帯されている。 余分だと思うが、試訳すれば、「平壌がウラン出荷に関与/証拠に拠れば、二トンがリビアに売却された、と連合国 (日本じゃ、“国連”と称している機関。United Nations が原語。)の核査察官が突き止める」となろう。 この記事は、SCMP紙はThe New York Times からの転載だと明記している。 従来、状況証拠からしてその疑惑はいつも北朝鮮にあった。今度のは、はっきりと物的証拠を掴んだ、というところに 強調点が置かれている。 続けよう、原文は、 International inpectors have discovered evidence that North Korea secretly provided Libya with nearly two tonnes of uranium in early 2001. If the shipment is confirmed, it would be the first known case in which the North Korean government has sold a key ingredient for manufacturing atomic weapons to another country, according to US officials and European diplomats familiar with the intelligence. The International Atomic Energy Agency (IAEA) was investigating the evidence about the shipment of uranium, which can be enriched to nuclear-bomb-grade level, a senior diplomat close to the agency said yesterday. A giant cask of uranium hexafluoride was turned over to the United States by the Lybyans earlier this year as part of Colonel Muammar Gaddafi's agreement to give up his nuclear programme, and the Americans identified Pakistan as the likely source. But in recent weeks the IAEA has found strong evidence that the uranium came from North Korea, basing its conclusion on interviews with memebers of the secret nuclear supplier network set up by Abdul Qadeer Khan, the former head of Pakistan's main nuclear laboratory. Two years ago, the US charged that Pyongyang was working to build its own uranium-based nuclear weapons, which would require the same raw materials. ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ここらで一息入れよう。 大意は、「核査察官が掴んだ、北朝鮮がリビアに秘密裏に出荷したウラン2トンのの船積みは、2001年初頭の出来事 だった。もし、この出荷の確証(最終的には北朝鮮の白状だろう。)を得たならば、北朝鮮政府が他国に売却した、 核兵器製造に主要な鍵を握るウラン秘密出荷の最初の明白な事実となる。・・・当初、米国はリビアが入手したウランは パキスタンからの秘密入荷と疑っていたが、それが北朝鮮からのものだった、ということになった。」 実は、北朝鮮が採掘可能がウランは、核開発者にとり、喉から手が出るほど良質品だという。しかも大量に 埋蔵している。 この事実が、北朝鮮を巡る交渉の切り札とみなければならないだろう。 「曽我さん一家」の行方を追うのもいいが、大事な、国際交渉舞台の動かす鍵は何なのか、をもっと邦字紙は触れる 必要がある。 ・・・・・ さて、けふは五月二十七日。 さあ、この日は日本にとり、何の記念日か、ご存知の向きはどれほどの割合でいらっしゃるか? 実にそれは心細いものだろう。ことに昭和二桁以降生まれの日本人にとり、たぶんたちどころに当てる人は、極めて 少ないのではないか。 ああ、これが嘆かわしい。「学校で習わなかった?」ちゅう小中学生のような弁解はおっしゃらないであろうね。 けふは、「海軍記念日」でした。 じゃ、それは何を記念した日でしたか? それは日露戦争時、戦争の行方を決定付けた「日本海海戦」の勝利を記念 したものだ。 それにより、当時明治のジパングは、ロシアとどうにか「引き分け」に持って行くことが出来たのだ。 無論、背景には米国の調停が大きくものをいったのだが。日露戦争は日本が勝利を納めたのでは断じてない。個々の戦闘では 勝利はあったが。この「日本海海戦」のように。が、総合では、決して勝ったのではなかった、どうにか引き分けに 漕ぎ着けた、というだけのもの。それが実態だった。 当時の明治政府でもほんの一部の首脳はそれがわかっていた。が、分らぬ庶民は、日比谷公園焼き討ち事件が物語る ように、勝利を得たものとして驕り始めてしまった。その驕りが大正、昭和と増長していくばかりだった。 2.26事件で、事件勃発時、ただ呆然として何ら対策を講じられなかった陸軍首脳部、そこへ毅然とした態度で 臨んだ裕仁天皇に気圧され、それがきっかけになり、反乱軍鎮圧へと陸軍首脳部が動き出した、とNHKスペシャル での解説があった。 が、その翌年の内閣組閣時、陸海軍大臣は現役の将官が担う、というひとつの、そしてこれが昭和の局面を大きく 変革させるきっかけとなった変化は、どこからの力が働いたものなのか? これは未だ未解明のようだ。それ以後、 日本軍が支那大陸に進んでいった。NHKとてそれ以上深く入り込まなかった。 2.26事件であれほど毅然とした態度で臨んだ裕仁天皇は、大東亜戦争開始時は、極めてはっきりしない態度で終始 していたと言って過言でない。戦後、米人記者に語った (天皇をはじめとして、皇室の人達は、毛唐記者らには口が軽いのである。そしてあの奥の院の宗教は、神道ではない。 神道というのは表向きなのだ。この点、後日触れる) 本人の弁解では、「あの当時、私だけが反対してもとてもそうした空気を抑えられない雰囲気があった。」という 趣旨のことを述べていた。詭弁に過ぎない、それは。 「海軍記念日」のことを論じたところで、なにも軍国主義ではない。自国の近代史を正確に把握することが国民として 当然の作業だ。とかく、戦後日本は、そうした戦争にかかわる歴史の検証には、避けたがっている。NHKの態度が それを示す象徴的なものだろう。 日曜の大河ドラマに、「広瀬中佐」でも持ってこい。シベリア単騎横断した「福島中佐」を焦点にあててドラマを 作ってみろ。 − 完 − | |||||||
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